司法書士が供給過剰となり、競争が激しくなる今日、過疎地での開業を考える司法書士も多いのではないでしょうか。法律の専門職が足りていない地域を司法過疎地と呼びます。司法過疎地の問題とそれに対する取り組みを紹介した後に、そうした地域で開業するときのポイントをご紹介します。
1 司法過疎地とその対策
弁護士や司法書士が少ないために、問題が起こっても法律を使って解決することが難しい地域を「司法過疎地」と呼びます。司法過疎地の問題を解決するために、政府、弁護士たち、司法書士たちはそれぞれ独自の取り組みを行っています。
1 司法過疎地とは
2004年(平成16年)に成立した総合法律支援法は、裁判その他の法による紛争の解決のための制度の利用をより容易にするとともに弁護士その他の法律事務を取り扱うことを生業とする者のサービスをより身近に受けられるようにするための総合的な支援の実施や体制の整備について定めた法律です。
総合法律支援法の中で、弁護士、弁護士法人または隣接する法律専門職がいない地域など、法律事務の取り扱いを依頼するのが困難な地域においては、政府として実施や体制を整備する必要があると謳っています。このような地域を司法過疎地と呼びます。
実際、法律家の地域偏在は重大な問題です。最近の調査では、弁護士1人あたりの人口の偏在を見ると、最も多い秋田県が1万2千人台、続いて岩手県が1万1千人台に対して、一番少ない東京都は600人台です(弁護士白書2023年度版より)。司法書士については同様の統計を見ると、最も多い青森県では1万人を超え、岩手県や秋田県、茨城県、栃木県、千葉県、長崎県では8千人を超えますが、最も少ない東京都や大阪府は3千人台です(司法書士白書2023年度版より)。
司法過疎地に司法サービスに対する需要がないわけではありません。法律家は、とくに弁護士に顕著ですが、単純に需要が多い地域に事務所を構えようとするのではなく、家族の生活、子供の教育、親族や友人との関係など、さまざまな要素を考慮して事務所を構える地域を選んでいます。法律家が自由な職業である以上、事務所が都市部に集中することはやむを得ないことと言えるでしょう。
2 過疎地が抱える問題
司法過疎地は、離島などに多く存在します。そうした地域は、多くの場合、伝統的な人間関係で紛争が処理されてきた地域です。伝統的な紛争処理には、個人のプライバシーが十分に尊重されないことや、世間体や力関係で泣き寝入りせざるを得ないことが多いことなどの問題があります。地域の力が低下してきた結果、伝統的な紛争処理機能が十分に働かなくなりつつあることとも相まって、法律サービスに対する期待と需要が高まっています。
3 法テラスの取り組み
日本司法支援センターは、法テラスとも呼ばれる、総合法律支援法に基づいて設置された独立行政法人です。法テラスは、司法過疎対策業務として、法律サービスへのアクセスが容易でない司法過疎地域の解消のために、「地域事務所」設置などを行っています。法テラスに勤務する「スタッフ弁護士」が民事法律扶助事件、国選弁護・付添事件のほか、一般の開業している弁護士と同様に、有償での法律相談・事件の受任等の法律サービスを提供しています。
4 日弁連の取り組み
司法過疎地問題に対しては、日弁連もさまざまな取り組みを行っています。その中で、日弁連は司法過疎地に法律事務所を開設するための基金を設け、現在も数十の公設事務所を稼働させています。地方裁判所の支部の管轄を1つの地域としてみて、弁護士の登録がない地域を「弁護士ゼロ地域」、弁護士登録が1人の地域を「弁護士ワン地域」、これらを併せて「弁護士ゼロワン地域」と呼び、「弁護士ゼロワン地域」の解消を目標に取り組んでいます。
5 日本司法書士会連合会の取り組み
日本司法書士会連合会は、司法アクセスポイントの拡充、司法のワンストップサービスの促進を目的として、全国約150ヵ所で『司法書士総合相談センター』を稼働させています。同センターは、さまざまな司法相談を受け付ける無料相談会を実施するとともに、法テラスの主要連携機関として、法テラスなどから相談などの紹介を受け、具体的な解決を図る役割も担っています。
2 司法過疎地での開業を成功させるには
司法過疎地域は、さまざまな要因によって法律専門職が少なくなっている地域であり、法律サービスへの需要がないから法律専門職が少なくなっているわけではありません。司法過疎地は、競争相手が少ないので、潜在的に存在している法律サービスに対する需要を、1人で独占できる地域です。
司法過疎地で開業するときに資金面で助けとなる制度に、日本司法書士会連合会の司法過疎地域開業支援事業があります。司法過疎地は、他に法律専門職がいない地域なので、法律サービス全般をできるだけ広く扱うことが求められます。司法過疎地は、地域に溶け込む努力を重ねれば、都市部や他の地方と同じように、あるいはそれ以上に、十分経営が成り立つ地域です。
1 司法過疎地開業支援事業を活用する
司法過疎地で開業することを考えるのであれば、日本司法書士会連合会の対策事業に応募するのが良いでしょう。日本司法書士会連合会は、司法へのアクセスが困難な地域において、司法サービスの提供に積極的に取り組む司法書士及び司法書士法人を支援しています。この制度は、司法過疎地で一定期間内に開業または開業予定の司法書士に対して、開業や定着のための資金を貸与する制度です。
貸付制度ではありますが、地域で一定期間事務所をおいた場合、一部または全部について返済を免除される可能性があります。例年10月ころに応募を受け付けているので、その時に、実施要領を十分確認してから申込様式に必要事項を記入したうえで、必要添付書類とともに日本司法書士会連合会に郵送して申し込みます。令和元年度の実施要領では、個人が開業する場合、開業貸付金として180万円以内、定着貸付金として540万円以内が貸し出されます。
2 どんなことも請け負う
司法過疎地での開業には、競争相手がいないという、非常に大きなメリットがあります。法律専門職がいない司法過疎地で求められることは、なんでも対応してくれ法律のワンストップサービスです。さらに、司法過疎地の司法書士には、司法書士の業務全般に加えて、周辺業務もこなせる資格取得や学習が望まれています。
3 地域に溶け込む
司法過疎地に法律サービスの需要があるのは確かですが、事務所を構えただけで何もしないで待っているだけでは、そもそも人々に知ってもらえないので、仕事の依頼も来ないでしょう。だからこそ、積極的に地域に溶け込んでいく努力が必要です。自分がカバーする地域には商工会や消防団などがいくつもあるでしょう。そうした団体の行事や夏祭りなどに楽しんで参加していれば、地域の人々は自然と受け入れてくれるようになります。無料電話相談や、無料法律相談会、法律教室などの地域貢献を積極的に行うことで、将来の顧客に出会う機会をたくさん作ることができます。
3 まとめ
法律の専門職が少ないために、紛争を法的に解決する需要があっても、実際には他の方法に頼らざるを得ない地域を、司法過疎地と呼びます。司法過疎地への対策は、以前から行われてきましたが、2004年(平成16年)に成立した総合法律支援法により、国レベルでも対応されるようになりました。
需要があるのにサービスが供給されない司法過疎地での開業は、司法書士にとってやりがいのある挑戦です。司法過疎地で開業するときには、資金面で司法過疎地開業支援事業を活用することが考えられます。法律の専門職が少ない司法過疎地では法律のワンストップサービスが求められています。司法過疎地では、地域に溶け込む努力を怠らなければ、開業して経営が成り立つ可能性は十分にあります。